「全日本バレエ・コンクール」について
バレエ・コンクールのあり方については、コンクール花盛りの現在、様々に議論されております。バレエに勤しむ者総てを様々な角度から顕彰し、激励する意味のコンクールもありましょう。その一方で大前提としてバレエには「誰にとってもその人なりのバレエがある」わけではなく、バレエの世界にはグローバル・スタンダードとしての「ものさし」があり、その尺度で測ってこそコンペティションであるという考え方もあります。
そもそもバレエ芸術は、本来技術(テクニック)のみによってその優劣を決せられるべきものではありません。ですからその技に敢えて優劣をつけようとするならば様々な要素を加味して検討されなければなりません。1970年代当時、我国で「優秀」とされていたダンサーが海外での国際バレエ・コンクールに挑戦しても、思うような成績が残せないケースが多々ありました。
その原因のひとつに、我国では技術偏重の指導が行われ、技術のみ卓越したものを良いダンサーと判定する風潮が蔓延していてる事があるのではないかと考えた考えた日本バレエ協会では、約5年の検討期間を経て、昭和58年(1983年)、若いダンサーの発掘・育成、その将来に道を拓く事に全面的に主眼を置いたバレエ・コンクールをスタートさせました。
1983年当時、本コンクールの第一回開催に、初代会長・服部智恵子は次の様に寄せております。
「バレエに限らず芸術というものは、本来、作る人自身の喜びであり、またそれを見る人が楽しむものであって、技を競い合うようなものではありません。・まして順位をつけて、人が人を審くようなことをするのは恐ろしいことです。 しかし、作る喜び、見る楽しみを一層大きくすることは誰しも望むところです。そのためにはより充実した技術を身につけること、強い精神力が必要でしょう。そこでどんな芸術の世界でも、その技術と精神の充実向上のための刺激のひとつとして、コンクールやコンテストが行われているのだと思います。 私たちはこの全日本バレエ・コンクールを通じて、バレエの神様に愛されている者、また、今は愛されていなくとも、バレエの神に愛されようと一生懸命努力している者、そして外見だけでなく、心の底から踊り、しかもバレエ美学のきびしい制約に耐えて、常に折り目正しく演技する者、そういう若いダンサーを何人か発見することができたならば、これに勝る喜びはありません。」
この趣旨を踏まえ、日本バレエ協会のコンクールでは、以下の様な審査方法を採用しております。
・各支部開催の予選を通過した者のみ本選に参加できるものとする。
審査員が冷静かつ客観的な判断能力を保ちえる時間、審査対象者の数には限界があるためです。十数時間近く、数百人相手の審査では審査員のみならず出場者も集中力が途切れてしまいます。本コンクールでは審査対象を概ね150人程度に絞って開催することで、審査員の負担を軽減しています。
・アンシェヌマン審査の採用(コンクール当日に振りを与える)
コンクール演目のみを集中的に稽古して大会に臨んでも真の実力は計れません。日々の基礎訓練の習熟度を計る事を目的としています。
・2曲のクラシック課題曲審査の採用(2曲目は準決勝以降)
より技能を精査する事を目的としています。<課題曲>
・「コンテンポラリー・ショート・コンビネーション」審査の採用
現在の舞踊界では古典作品しか踊れないダンサーは職業舞踊家としての道がほとんど閉ざされているのは世界的状況です。従って創作作品と現代舞踊に対する総合的な理解力と適応力がどの程度培われているかを計る事を目的としています。
・コンピュータ集計にのみによる採点方式の採用
情状斟酌、個人的裁量等の要素が加えられない公正な集計が行われるための手段です。
・総ての出場者は、総ての段階で一人一人舞台リハーサルを行ってから審査にのぞむ
“本番一発本番勝負”では実力が発揮し得ないとの判断によるもので、現在我が国で開催されている数あるコンクールの中でも、審査前に一人一人の舞台上でのリハーサル時間を設けているコンクールは他に類を見ません。
結果、本コンクール入賞者にして今や我が国のみならず世界の桧舞台で活躍するまでに成長したダンサーは数知れず、本コンクールが我が国バレエの実力向上に果してきた役割は着実に成果を上つつあるとの実感を得ております。